1966年に静岡県で一家4人が殺害された強盗殺人事件で、死刑が確定した元プロボクサー袴田巌さんの第2次再審請求に対し、最高裁第3小法廷(林道晴裁判長)は、請求を棄却した東京高裁決定を取り消し、審理を高裁に差し戻す決定をした。
決定は、事件発生から1年2カ月後、袴田巌さんが勤務していたみそ工場のタンクからみそ漬けの状態で発見された半袖シャツやズボンなど衣類5点について、DNA型鑑定に基づき「衣類に付着した血痕は袴田さんや被害者のものではない」という弁護側の主張に対し、事件から40年以上経過した衣類の保管状況を考慮し、「DNAが残っているとしても、極めて微量で劣化している可能性が高く、鑑定の不安定性、困難性は明らかだ。鑑定に個人を識別できる証拠価値はない」と判断し、18年の東京高裁決定に続き、DNA型鑑定の信用性を否定した。
一方、犯行時の着衣とされた「5点の衣類」に付着した血痕について、弁護側は「1年以上みそに漬かれば、黒くなり、赤みが消える」とする再現実験結果などに基づき、発見時の証拠記録には「濃赤色」などの記載があり矛盾点を追求。第2次再審請求の地裁や高裁でも争点になっていた。専門家の意見書は、みそに含まれる糖と、血液のタンパク質の間で「メイラード反応」によって色調が変化する可能性を指摘した。
再審開始を認めなかった東京高裁は、この化学反応の影響を「小さい」と判断したが、第3小法廷は、衣類に残った血痕がみそに触れて生じる化学反応に注目し、「審理が尽くされていない」とし、専門的知見に基づき改めて高裁で審理するよう求めた。また、仮に衣類が袴田さんの逮捕後に、みそ漬けされたとすれば「犯人であることに合理的疑いを差し挟む可能性が生じる」ともした。
決定は、5人の裁判官中、3人(林道晴、戸倉三郎、宮崎裕子の各裁判官)の多数意見で、林景一(行政官出身)、宇賀克也(学者出身)の2人の裁判官は、「(衣類に残る血痕とみその)化学反応の影響を審理するためだけに高裁に差し戻し、さらに時間をかけることは反対せざるを得ない」として審理を差し戻さずに再審開始を認めるべきとして反対意見を付けた。再審請求の特別抗告審で賛否が分かれたのは初めてのようである。
私見ですが、決定で賛否が分かれた背景には、各裁判官の出身の職業も影響しているのかなと思います。林道晴、戸倉三郎の2人はキャリア裁判官で、犯罪の態様・結果など事実関係の細部を解明し、「精密司法」と呼ばれる日本の刑事訴訟で、衣類がみそ漬けされた時期を明らかにするため、血痕とみその化学反応の専門的知見をさらに求めることは当然とも言えます。一方、林景一、宇賀克也の2人は裁判官出身ではなく、事件発生から54年、死刑確定から40年が経過する中、化学反応の影響よりもさらに審理が長期化することを強く憂慮したのではないかと思われます。
因みに、林道晴さんだけでなく、戸倉三郎さんも34期の修習同期です。
※上記決定内容・下記表は日本経済新聞から